視覚が与える影響を理解しよう

視覚に障害がない方にとっては、外出をして目的地に移動するということは、視力という観点からすれば、何気ない日常の行動の一環だと思います。

例えば、足に不自由があったり、その他、目的地まで移動する上で何かしらの障害がない限りは、日常生活上の当たり前の行動になりますよね。

それもそのはず、人間は左右の足を交互に前に出す動作を繰り返す事によって、いずれは目的地に到達します。

しかし、視覚障害のある方にとっては、見えない(視力が無いまたは弱い)という事で目的地に到達するまでの内容は晴眼者(目の障害がない方のことを晴眼者と呼びます)大きく異なる事になります。

視覚に障害のない方は自身の行動と照らし合わせてみましょう

視覚に障害がない方にとっても普段あまり意識せず当たり前にしている行動があります。

例えば、混雑している街中を歩く際、前から人が来たら、そのままどちらかが避けない限りぶつかってしまいます。

人はその時、自然に安全を確保する為、目からの情報を頭で処理をして、どのように動くか判断します。

他にも、つまずいてしまいそうな障害物があれば避けようとするでしょうし、溝があれば落ちないように、そこを避けて通る事でしょう。

また、こちらも無意識の元で行われていることになりますが、常に自分がいる位置について行くべき方向を確認しています。

つまり、目の前の安全や、位置、方向などは見える事、視覚と言う事です。

要するに、目から入る情報をキャッチする事によって、行動をしている事になります。

文字を書いたりする行動について

その他あげられる事としては、書くという事です。

字を書いたりする場合、そこに枠があるならば、書かなければならない情報について、どのくらいの大きさで書くのかを想定して書き始めます。

これらも目から来る情報を元にしている事がわかります。

では普段、視覚に障害がない方(晴眼者)が無意識のうちに使っているこれらの情報が、無くなってしまう、若しくは見えづらい事によって、情報が不足するとどうなるのでしょうか?

ここまで読んで頂き、想像して頂いた方はある程度分かって頂けると思いますが、行動に相当な影響が出ると言う事を推測して頂けるのではないでしょうか。

視力が0の方もそうですし、視力が著しく低い方や、視野に障害がある方にとっても、目からの情報は、視覚障害がない方に比べて断然少なくなり、危険な状態であるとも言えます。

道を歩くなどの移動や、文字を書くことも不自由となってしまうのです。

この事を「二大不自由」と言われています。

このように、視覚に障害がある方にとっては、普段の家での生活から、外に出た場合においても、様々な不自由が起きてきます。

このような事を少しでもご想像頂き、視覚障害に関する知識を少しでも多く持って頂き、社会的にも理解を求める事ができれば、視覚障害の方にとっての生活は少し変わるのかもしれません。